2015年7月10日発行
巻頭言
『社会福祉専門職養成』の歴史
社会福祉士や精神保健福祉士といった福祉に関わる国家資格の登場によって、国レベルで福祉専門職に求められる水準の統一、盛り込まれるべき内容の確認などが行われるようになりました。このことは社会福祉専門職の養成に非常に大きな影響を与えました。振り返ると国家資格がなかった筆者の時代には、「福祉専門職になるためにはこれだけは学ぶべき」という基準がなく、大学ごとに設置科目がバラバラでした。また設置されていても、「障害者福祉」も「高齢者福祉」も選択せずに卒業し専門職になることが可能な時代でした。(厳密には現在も国家資格を取らずに福祉現場に就職することは可能なわけですが、ここではそのことは論じません。)実際、自分のことを思い出すと40名程度の学年で障害者福祉を登録している学生は 4-5 名程度だったと思います。そのような状況と比較すれば、現在の国家資格制度は福祉専門職の水準を対外的にも対内的にも明示するために有効な役割を果たしているといえるでしょう。
しかし一方で、社会福祉専門職の養成は、社会福祉士及び介護福祉士法の制定とともに始まったわけではありません。当たり前のことですが、国家資格の制度がない時代からソーシャルワーカーはいたわけですし、養成制度はあったわけですから。ではどこまで、福祉専門職養成は遡ることができるのでしょう。
筆者は歴史研究を専門としているわけではありませんので、ここではたまたま手持ちの資料を例として紹介します。
例えば、『社會事業研究所講義録』(大日本佛教慈善會財團)という冊子が手元にあります。大正 11 年の発行で、同年 4 月から 6月にかけて東西本願寺が「社會事業研究所を開催したる際に於る諸講師の講演筆記編纂」です。社会政策汎論、児童学、労働問題一般、農村改良問題、免囚保護、Settlement Work、感化教育等 26 科目が掲載されています。すなわち当時のカリキュラムということでしょう。ちなみに社会事業概論は生江孝之が講師となっています。また同年発行(と思われる)『女子大学講義』(女子大学講義發行所)という講述集の合本には、日本女子大学校教授による社会問題、社会変動の理論、近代社会運動、社会事業概論の四科目がおさめられています。社会事業概論は同じく生江です。以上を見ても分かるように、大正時代にすでに「講義記録」ではありますがテキスト的な性格をもつ文献が発行されているわけです。
さらに、海野幸徳の『輓近の社会事業』(内外出版)は大正 13 年の発行ですが、福祉専門職を対象として意識したテキストとなっています。それは同書の巻頭言の中で、海野は「當面の問題としての文籍の完成、社会改良事業の技術化、技師の養成及び専門教育機関の創設に向かって提唱これ力め」ると宣言していることからも分かるでしょう。外箱には「社會事業文献の缺乏せる現時暗夜の燈火たるべし」とあるのも興味深いものです。そして同書では、第五章を「社会事業教育」に当てています。本書には現在にも通じる指摘が多く、「社会事業専門家の優遇と社会事業講座の創設」の必要性の強調など興味深い指摘もあります。
このように 100 年近く前の日本において、福祉専門職の養成、テキストの蓄積が始まっていることは確かです。スペースの関係でこれらの出版物の内容について触れることはできませんが、近年になって大切にされるようになりだした「新しい理念」と、この 100 年一貫している「普遍的価値・態度」と、どちらをも大切にしていくように心がけていきたいものです。
理事 小山 隆(同志社大学)
目次
- 巻頭言
- 第11回山形大会
- トピックス
- 会員の声~私の福祉教育~
- 学会探訪⑭
- お知らせ他
- 編集後記
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日本社会福祉教育学会 NEWS LETTER No.25[764KB]