日本社会福祉教育学会 NEWS LETTER No.46

アポリア連載

 前号より、「アポリア連載」が始まりました!

 「アポリア連載」は、会員の皆さまが、本学会の研究対象は「高等教育における社会福祉専門教育」という認識のもと、さまざまな高等教育機関から社会福祉教育のあり方を考えるきっかけとなれば、という想いより本連載を始めました。

 第2回目は、本学会の前会長でもある川廷宗之会員(職業教育研究開発機構・代表理事)にご執筆いただけました。お忙しい中、誠にありがとうございました。

「アポリアとしての、高等教育における専門学校教育を考える」

川廷 宗之(職業教育研究開発機構・代表理事)(日本社会福祉教育学会・前会長)

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 この連載企画にあたって、「本学会の研究対象は「高等教育における社会福祉専門教育」という認識のもと、・・中略・・「専門学校教育」「短期大学教育」「大学教育」「大学院教育」に分け、各々の現状や今後どのように変化していく(学生と教員、高等教育機関が育っていくのかなど)必要があるのか」(本学会理事会資料?)について検討したいとなっている。

 その第2回目と言う事で、「専門学校教育について」書くようにと言う依頼であった。「専門学校について」と言うのは当然「大学教育」との対比を問題にしているのであろうし、「職業教育」学校としての「専門学校」をイメージしての事であろう。

 とすれば、このテーマに触れるにあたって、先ず、考えなければならないのは、改めて曖昧になっている関係する諸概念を明確に整理し直すことであろう。特に「教養教育」と「職業教育[1]」はどう違うのか。「職業教育」と「専門職教育」はどう違うのか。それぞれと、「高等教育」(18歳以上の教育の総称)は、あるいは「専門学校教育」は、「短大教育」は、「大学教育」は、「大学院教育」は、どう関係するのか、。などなどである。その中で、「社会福祉教育」とは、「社会福祉学研究のための訓練」なのか、「社会福祉職員養成教育」なのか、「社会福祉士養成教育」(国家試験準備教育)なのか、単なる「教養(的知識)教育」なのか、目的・目標を整理するとともに、当然、その教育内容や教育方法の違いが整理されて然るべきであろう。

 「職業教育」に関連してくる上記の課題に関する論考は、筆者の知る限りそう多くはない。日本の大学関係者による論考は、前号の志水会長の論考にあるような、いささか漠然とした大学教育論に終始するか、細かい研究領域の内容を中心にしているように筆者には見受けられる[2]。日本職業教育学会(旧・日本産業教育学会)のおける議論もあるが、この学会の職業教育に関する研究の主たる対象は、職業高校の教育であり、企業内教育や専修学校の部会もあるが、大学教育は主たる研究対象になっていない様である[3]。(キャリア教育部会もあるが、大学の正規の教育課程としての職業教育には踏み込んでいない。)

 正直のところ、筆者も大学に所属していたころは、同様に上記課題の正面から取り組んではおらず、「専門職教育」が大学教育の中でどういう意味を持つのかについては多少の論考はあるものの、「職業教育」として明確に位置付けていたわけではない。むしろ、全学部共通の基礎的教養教育や、大学教育としての初年時教育や、キャリア教育を検討する立場にいたせいもあり、大学教育という観点から学生の学習支援を考えていた。

 しかし、大学を「(定年退職で)卒業して」、専門学校教育の支援という仕事に就いてから、専門学校教育は高等教育の一環であるが、大学教育とは大幅に違うのだという事に気が付いた。この頃に、改めて「ポロ―ニャ・プロセス」や「ポロ―ニャ宣言[4]」を学びなおし、以前から気になっていた1998年にユネスコから発表された「21世紀の高等教育に向けての世界宣言:展望と行動[5]」(以下「高等教育世界宣言」という)の意味を再確認した。

 この高等教育世界宣言の第1条の(a)には以下の様に書かれている[6]

第1条「教育・訓練・研究遂行の使命」(a) 社会で役立つ資格を与え、人間活動の全分野の必要に応えることのできる高度な能力を身につけた卒業生と責任ある市民を育てること。この資格とは、現在および将来の社会の必要に合わせて常に見直される教育課程や教育内容を通じ、高度な知識と技術を結びつける専門的な訓練を含むものである。  (b)-(f)・省略     

 この一文からも読み取れるように、高等教育の使命は「社会で役立つ資格を与え」(以下の文面から考えれば、学位と言うよりは職業上の資格と考えても良いだろう。)となっており、「職業教育」としての使命を鮮明にしている。しかし、同時に「責任ある市民を育てる」(政治的権利義務を含む学習支援)と、いわゆる「教養教育」にも目配りがなされている。≪この高等教育咳宣言は前17条からなっており、大変学びの多い内容となっているので、ぜひ参照されたい。また、ちょうどこの頃に出された日本の中央教育審議会答申「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」と比較してみると、彼我の発想の違いが分かって面白い。≫ 

 このポローニャ宣言に基づいて、ヨーロッパを中心にコペンハーゲン・プロセスと呼ばれる協議を経て、2008年に欧州資格枠組み・EQF(The European Qualifications Framework)が作成された。このEQFでは、8段階の水準(学校種別の卒業レベル・と解して良いだろう。)で、知識・技能・能力のレベルを設定している。EQFに倣った、教育水準に関するNQF(The National Qualifications Framework)インドや、オーストラリアなどでも設定されており、ASEAN諸国にも設定の動きはあるが、日本での試みは小生の知る所では行われていない。「教養教育」はともかく「職業教育」では、この出口の基準(関連してディプロマ・ポロシー)は極めて重要である。特に他者の生命を左右しかねない「対人援助職」の「職業教育」では、重要である。特に日本では、このような共通の具体的達成課題を明示し、教育水準を保とうとする動きが、極めて少ない。(一部、JABEEなどの試みもあったが、結局、大学教育一般としては、卒業生の「質保証」は全くできていないという点は、考えさせられる課題であろう。)

 なお、この「職業教育」に関しては、ユネスコ21世紀教育国際委員会が、初等教育からすべての教育の共通原則として、1996年に公表している「学習の四つの柱・・『学習-秘められた宝』」の内容にも目配りが必要であろう。この四つの柱は

  1. 知ることを学ぶ(learning to know)
  2. 為すことを学ぶ(learning to do)
  3. (他者と)ともに生きることを学ぶ (learning to live with others)
  4. 人間として生きることを学ぶ (learning to be)

となっている。その中でも「職業教育」を意味する「2.為すことを学ぶ」には、下記の様な解説がついている。(他項目の解説は省略)

単に職業上の技能や資格を習得するだけではなく、もっと広く、多様な状況に対処し、他者と共に働く能力を涵養するために「為すことを学ぶ」のである。このことはさらに、自分の生活する地域や国における個人的な社会経験や仕事の経験を通して、あるいは学習と労働を交互に行う過程を通して、青少年がいかに行動するべきかということも意味するのである。
(1)技能資格から能力へ 
(2)「非物質的」労働とサービス産業の興隆
(3)非定型的な経済における労働

 この解説に見る様に、21世紀の「職業教育」は、「学習と労働を交互に行う[7]」等とその方法を示唆すると同時に、単なる技能ではなく能力としての修得を求め、かつ、近未来の職業への対応も求めている[8]

 これ等も踏まえつつ、とりあえず筆者なりの仮説として、以下の様な「表1、職業教育と教養教育の比較」を作成した[9]。評価方法が抜けているし、それぞれの述語の微妙な違い(例えば、「アクティブラーニング」も、職業教育と教養教育では少し様相が違ってくる。)などを整理しないまま作成している、公表するには熟していない極めて雑駁な表だが、まずは「違いを明確にする」ことで、議論のたたき台とするという意味では、有効であることにしてもらいたい。

表1.職業教育と教養教育の比較

職業教育(専門教育)視点教養教育(市民教育)
顧客までを意識した(専門的)職業能力の修得「当該の仕事ができる」目的学習者自身の(市民的)教養の修得
「理解する」「人生を創れる」
職業上必要な能力養成のための技術や知識 (実務的・応用的)内容市民社会で人生を創っていくための知識や技術 (基本的・基礎的)
アクティブラーニング授業
実習 体験学習 共同学習
方法アクティブラーニング授業
自己学習 共同学習
若年者 学びなおしの社会人
(年齢層を問わない・希望者)
学習者主に若年者 (すべての人)
「教員(スーパーバイザ―的)」
「専門実務上のエキスパート」
教員「教員(学習方法等の専門家)」
「研究者」等
学校・実習先・職場・インターンシップなど・場所学校(教室・実験室・実習室など)・主にキャンパス内
学びたいと思った時(社会人など)
職業に就こうとする青年期
時期主に青年期(少年期)

 なお、この表は「違い」を整理しようとしているが、同時に、倫理を含む「研究開発方法」など、高等教育レベルでの「職業教育」と「教養教育」の共通性にも触れておくことも必要であろう。この表を踏まえた検討内容は、拙編著「学生も教員もともに楽しめる教育方法入門・改定版」p.15~25を参照いただきたい。

 以上、求められているテーマは「専門学校」であるが、「専門学校(法律上の名称は「専修学校」)」は、もっぱら学校名に「職業」名称がつけられているように、「職業教育」を目指すと考えられている[10]。従って、高等教育レベルの「職業教育」を検討するには、「専門学校(専修学校専門課程)」の学習支援内容を検討するのが、研究を行いやすいともいえる。

 しかし、現在は、「深く専門の学芸を教授研究し、職業又は実際生活に必要な能力を育成することを目的とする」と改正され、表現は弱くなっているが、短期大学は制度発足時には職業教育を目指すとなっていた点も見逃せないであろう。同時に、このようになっていく経過には、1945年以前の旧制の(現在は大学になっている所が多い)「高等専門学校」の存在も「職業教育」研究としては、欠かせないであろう。旧制の「専門学校」は職業高校に引き継がれていった場合が多い(師範学校のみが例外)。また、「職業教育」を中心とする教育機関として1961年に発足した「高等専門学校(以下「高専」という)[11]」の教育についても検討が必要である。

 このように考えると、「職業教育」研究の中心として「専門学校」教育を考えていくには、多少の問題があるであろう。特に、専門学校は殆んど私立で、国公立はごくわずかしかない。これは高専の大半が国公立であるのとは対照的であり、財政的な格差が教育の質に影響しているのは明らかである。その点を踏まえると、「職業教育研究」の中心として専門学校を考えるのには疑問があるともいえるだろう。但し、一方では(最近は「職業実践専門課程」制度などで、制約が大きくなっているが) 教育課程の編成が極めて自由で、特色のある学習支援が可能であるなど、特色を打ち出せる制度でもあるので、この面からの新たな可能性の追求はあり得るだろう。また、近年、大学の入学者数は減少傾向にあるが、専門学校の入学者数は、わずかながらではあるが絶対数として増加している点なども、検討すべき内容があるともいえる。

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 本稿に求められている「専門学校教育を考える」の内容は、此処から始まるのであろうが、まだ報告できる段階の研究は行いえていない。「アポリア」と言うことであるので、幾つかの論点の提示をさせていただいたことで、本稿を閉じたい。

 なお、専門学校教育に関しては、かつて編集長として担当していた「敬心・研究ジャーナル」に、職業教育研究者としても著名な本田由紀・東大教授に「専修学校の職業教育の社会的位置づけについて」というテーマで、論考をお願いし、掲載されている[12]。その中で、専門学校教育に関する現状分析とともに、本田由紀氏なりの、専門学校における職業教育の課題などが整理されているので、専門学校における職業教育研究の一つの出発点として、参照いただければ幸いである。

(終わり)

[1] 「職業教育」は個別の当該職業に関する技術、知識、能力を身に着ける教育を指す。(一般的な理解) 多数派の理解では「キャリア教育」は特定の職業を指しておらず、いわば人生の設計図を書くような内容を意図しているので、むしろ「教養教育」の一環として考えられる。少なくとも、キャリア教育を職業教育の範疇に入れてしまうという論考は少ない。但し、教育実践としては、職業教育の前段階の教育としてキャリア教育をセットで行っている例はすくなくない。
[2] 「大学教育学会誌」などを参照されたい。
[3] 日本職業教育学会HP参照
[4] 1999年に、研究、教育、職業訓練を含む高等教育のための制度に関してヨーロッパの学位システムと単位制度の共通化を図ることを目的として宣言。当時29か国の教育大臣が署名した。この宣言にいたる様々な協議や合意事項をポローニャ・プロセスと呼ぶ。
[5] 1998年10月9日、パリのユネスコ本部で行われた「ユネスコ高等教育に関する世界会議」において行われた宣言。
[6] 拙編著「専門職大学の課題と展望」ヘルス・システム研究所・2018年・PP.41-43
[7] ドイツの「デュアル教育」システムが参考になる。
[8] 蛇足であるが、この「能力」という概念を、ICF(国際生活機能分類)の「活動と参加」の第2章「一般的な課題と要求」の分類項目に照らして説明を試みると、個々の学生がどこで躓いて学習が進まないのか、どういう学習支援を行えば良いのか、が見えてきて面白い。
[9]拙著「学生も教員もともに楽しめる教育方法入門・改定版」p.15参照・・
[10] 学校教育法に基づく「専修学校」には、(職業)専門課程が中心だが、一般課程もあり、必ずしも職業教育専業ではない。なお、高等課程は、高等学校レベルの専修学校のいみである
[11] 高等専門学校は、現在は工業系しか存在しないが、制度発足時から、工業以外の分野に関しての可能性も閉ざしてはいない。
[12] 敬心研究ジャーナルVol.8.No.1.pp1-12 参照。Jステージで検索可能。

≪参考文献≫

拙著「学生も教員もともに楽しめる教育方法入門・改定版」職業教育研究開発推進機構・2024年
本田由紀著「教育は何を評価してきたのか」岩波新書・2020年
拙編著「介護教育方法の理論と実践」弘文堂・2019年
拙編著「専門職大学の課題と展望」ヘルスシステム研究所・2018年
田中萬年著「『職業教育』はなぜ根づかないのか」明石書店・2013年
堀内達夫・他編「日本と世界の職業教育」法律文化社・2013年
本田由紀著「教育の職業的意義」ちくま新書・2009年
寺田盛紀著「日本の職業教育」晃洋書房・2009年
拙編著「社会福祉士養成教育論」弘文堂・2008年
拙編著「介護教育方法論」弘文堂・2008年
拙著「社会福祉教授法」川島書店・1997年
天野郁夫著「旧制専門学校論」玉川大学出版部・1993年

≪本稿で引用している、拙著「学生も教員もともに楽しめる教育方法入門・改定版」の入手希望の方は、「職業教育研究開発推進機構」のHPから申し込み購入ができます。
また、拙編著「専門職大学の課題と展望」も同様に申し込み購入が可能です。≫

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